メディアの主役がテレビからインターネットに移ると、広告業界もインターネットに注力するようになりました。しかしインターネット広告には、乗り越えなければならない課題がありました。それは双方向性という、インターネット特有の性質です。
テレビとは異なり、インターネットではユーザー側からもサイト側に対して、簡単にアクションを起こすことができます。ユーザーは、見たくない広告があれば無視するか、場合によってはページ内から削除してしまいます。これでは広告の効果はほとんど期待できません。
そこで、広告を配信する前に対象を分析し、特定のユーザーに絞って配信するというターゲティング広告が登場しました。その結果、以前よりもはるかに効率的な広告配信が可能になりました。しかし、そのターゲティング広告が、現在大きな曲がり角にきているのです。
インターネット広告に関する規制
インターネット広告に対する規制は、主要各国が足並みをそろえて実施に踏み切っています。その背景にはインターネットの広がりと、加速するITの進化、さらに今や国家規模の収益を得る巨大IT企業の存在があります。
日本国内での規制には、それらの要素に加えて、個人情報の取り扱いルールを新たに規定するという狙いがあるようです。
●インターネット広告に対する不快感
現在、広告業界の主力は完全にテレビからインターネットにシフトしています。最近では、テレビCMが延々と続くことに違和感を覚える視聴者もいるようですが、インターネットを開いていても、あの手この手でさまざまな広告が顔を出します。
この現状に不快感を抱くユーザーの声を、あちこちで耳にすることが多くなりました。特に、自分が興味をもった商品・サービスに関係のある広告が、まるで追いかけてくるように次々と表示されると、情報管理に不安を感じるユーザーも多いようです。
●巨大企業と個人情報の問題
インターネット広告をユーザーのニーズに合わせて配信するためには、そのユーザーがページを閲覧した時のデータを利用しなければなりません。このデータを一部の巨大企業が握ってしまうことは、企業活動の平等性を著しく損ないます。
そしてもう一つ、ユーザーにとって自分の個人情報が保護されず、こうした巨大企業の営利目的で乱用されるというリスクは、不安であると同時に非常に重大な問題です。
●インターネット広告に対する規制の始まり
こうした現状を重くみた政府は、ほかの主要国に同調する形で、一部のインターネット広告に対する規制の適用を決定しました。対象になるのは「ターゲティング広告」です。
今回の規制による政府の狙いは、個人情報が悪用されるリスクからインターネットのユーザーを保護することが一つです。さらに巨大IT企業の影響力を、徐々に低下させることにもあると考えられます。
では、多くの種類があるインターネット広告の中で、なぜターゲティング広告が規制の対象になったのか。次にその理由に迫ってみましょう。
ターゲティング広告とは?
これまでインターネット広告の主流を占めてきたターゲティング広告は、さまざまな方法でユーザーのニーズをつかみ、それに合わせた広告を配信する仕組みの総称です。
これはほかのメディアでは成し得ない、インターネットでのみ可能な広告宣伝方法だといえるでしょう。
●ターゲティング広告の仕組み
・オーディエンスターゲティング
・デバイスターゲティング
・ジオターゲティング
・コンテンツターゲティング
・リターゲティング
これらはターゲティング広告で利用される代表的な手法です。たとえばオーディエンスターゲティングでは、ブラウザやアプリケーションの閲覧データなどを分析して、瞬時にそのユーザーのニーズを特定し、最も効果的な広告を配信します。
そのほかの手法でも、ユーザーが今何を検索していて、何に興味をもっているのかをデータから読み取り、そこから推測したユーザーのニーズに合わせて広告を配信します。
この時にデータとして使用されてきたのが、インターネットブラウザのCookie(クッキー)という機能です。
●ターゲティング広告とCookie
インターネットで商品・サービスを提供するサイトと、それを利用するユーザーのやりとりをスムーズにする機能がCookieです。
まずユーザーが、あるサイトに初めて接続すると、それに対応するデータファイルがユーザーのパソコン(スマートフォン)内に作成されます。これがCookieです。
Cookieには基本的な個人情報のほか、商品の購入履歴、さらに詳細な会員情報などが保存されます。ユーザーが2回目以降同じサイトに接続する時には、サイト側がこのCookie情報を読み取ることにより、スムーズにユーザーが望む情報を提供できるわけです。
ターゲティング広告では、Cookieの情報を分析することにより、今ユーザーが何を求めているのかを推測します。その上でユーザーの興味を高め、購買行動につながるような広告を配信するのです。ユーザーが自分の行動を見透かされたように感じるのは、こうしたターゲティング広告の仕組みによるものです。
ターゲティング広告のメリットと問題点
ターゲティング広告には、その名のとおり狙ったターゲットに最適な広告を配信できるというメリットがあります。本来なら、配信する相手の絞り込みは、サイトの運営者側がマーケティング戦略の一環として行う必要がありますが、ターゲティング広告ならそれを自動化できるのです。
しかも、一度その広告を閲覧したユーザーは、再度同じ広告が配信されると、再びそれを閲覧する確率が高くなります。こうして同じユーザーに、繰り返し同じ広告を配信する手法をリターゲティングと呼びます。
またターゲティング広告には、費用対効果が高いというメリットもあります。購入する見込みのあるユーザーを特定できるため、広告宣伝コストを抑えながら、ほかの広告よりも高い効果を期待できるのです。
しかし、ターゲティング広告には規制が必要になるような問題点もありました。Cookieから取得できる情報は、基本的にサイトの運営者により設定されるため、場合によってはユーザーが望まない情報まで利用されるリスクがあるのです。
そしてもう一つが、サードパーティーCookieに関わる問題です。ユーザーがサイトを閲覧する時、意識しないうちに別な広告のサイトにも紐づけられている場合があります。
その際、別なサイトとの間にも、いわゆる「サードパーティーCookie」が作成されます。つまり、ユーザーは自分の意思とは無関係に、第三者にも情報提供をしてしまっているわけです。
サードパーティーCookieは特に欧米で問題視され、巨大IT企業を取り締まる意味からも、規制を強める動きが加速しています。そして日本でもその流れに従って、ターゲティング広告に対する規制が適用されることになりました。
具体的な規制の内容は?
規制とはいっても、ターゲティング広告そのものが禁止されるわけではありません。具体的には、ユーザーがサイトを閲覧する時に、各サイトはCookieの使用許可をユーザーに求めることになります。
この仕組みはすでに導入されており、サイトを開くとCookieの使用許可についてのポップアップが出てくるようになりました。
サードパーティーCookieに関しては、サイトを提供する側でも利用を禁止する方向のようです。巨大IT企業の中でも、すでにサードパーティーCookieを制限する動きが出ています。
ターゲティング広告の今後
規制によりCookieからの情報が大幅に減ってしまうと、ターゲティング広告の効果も大きく低下するでしょう。サイトを運営する企業も、個人情報の保護を強化するという姿勢をみせています。
これまでターゲティング広告で収益を上げてきた企業にとっては、今後の見通しがかなりネガティブにならざるを得ないでしょう。
この状況の打開策として、現在「コンテキスト広告」という新しい広告配信システムが広がっています。このシステムでは、ユーザーが閲覧しているページの文脈や画像を解析して、そのユーザーの興味を喚起する広告を配信します。形を変えたターゲティング広告の一種といえるかもしれません。
さらにサードパーティーCookieと同等の機能をもちながら、個人情報の保護を徹底した新しい仕組みを構築する動きも出てきました。いずれにしても広告業界は、規制に抵触しない方法でターゲティング広告の継続を図るのではないでしょうか。
まとめ
この記事で詳細は述べませんでしたが、ターゲティング広告に対する規制強化は、インターネットとSNSを運営する巨大IT企業の動向と深く関わっています。こうした企業が収集した膨大な情報を、本来の目的から逸脱して利用するようになると、個人のプライバシーを侵害する恐れがあります。
各国はすでに情報の不正利用が行われていると考えており、それが今回の規制につながったとも考えられます。
確かに広告を配信する側にとって、ターゲティング広告は非常に有効な宣伝手段です。
しかしインターネットがさらに進化を続ける上では、個人のプライバシー保護も強化しなければなりません。今後はより安全な仕組みをベースに、ユーザーが本当に望むような広告の配信方法を構築する必要があるでしょう。